2013年12月25日水曜日

動く絵本

 今年二十歳を迎える娘が、ときどき子どもの頃に読んだ本の話をすることがあります。先日、ふと思い出して話し始めたのは、「イエス・キリストの生涯を描いた絵本がずっとうちにあって、保育園に行っていたくらいの時に何回も見ていた」ということ。「これまでキリスト教にはあまり触れなかったけれど、その絵本のおかげでイエスがどういう人であったかはわかった」「その絵本の絵はとてもリアルで、十字架に架けられた場面はすごく怖かった」と言います。「で、その本どこにある?」
 さて、どうしよう。そんな本がうちにあっただろうか…いくら考えても思い出せません。「ひどい!捨てたの?」と娘に責められ、仕方なく絵本が詰まっている本棚を探してみました。くまなく探してもそのような絵本は見つかりませんでしたが、棚に収まらない画集などの大型本が本棚の上に乗せてある中に、影絵作家・藤城清治の『イエス』と題した画集が見つかりました。娘に「きれいな影絵の本ならあったけど」と言うと、「違う。絵はとても写実的で生々しかった」と言い張るのですが、とりあえず椅子に上ってその本を取り出して娘に見せました。
 それを手に取った娘は一瞬驚きのあまり絶句したあと、爆発するような大笑い…「これだ!」二人で笑い転げながら、その本を二人で見ていたころのことを一生懸命思い出しました。

 娘が「お話が書いてあった」と思い込んでいた本は、言葉はひとつも書かれていない画集でした。でも、当時その絵をひとつひとつ見ながら、どうやら私が「(あやしい?)解説」をしたのだそうです。それが娘の頭の中には「イエスの生涯」の物語として保存されたということ。いやはや、子どもに語る大人の責任やいかばかり…。
 もうひとつの発見は、その画集の絵は影絵ですから、黒い切り絵の中にところどころ鮮やかな彩色が施されていてとても美しい絵でしたが、幼いころにそれを見ながら私の「解説」を聞いた娘の頭の中で、その絵はリアルに動いていたのだ、ということです。娘が怖かったと思った磔刑の場面は、確かに暗い色調ではありますが、血など一つも流れていないさらりときれいな絵でした。でも娘の頭の中で動いていたイエスは、釘打たれた手足から血を流し、「神よなにゆえ見捨てたもうや」と叫んでいたのかもしれません。十字架の下で泣きわめく民衆の声も聞こえていたのでしょうか。
 よく「語り」(ストーリーテリング)をする人から、「お話を聞いている子どもたちは、頭の中に自分自身で描いた登場人物を動かしているのよ」という話を聞きます。たとえ絵本の絵を見ていても、その絵は静止画像ではなく、お話の展開とともにそれらの絵が子どもたちの頭の中でリアルに動き出すのだ、ということを改めて認識しました。

 石井桃子さんが著作の中で、「プー(=「クマのプーさん」)のあの丸々とした、あたたかい背中はいつもそばにありました。その背中は、私たちが悲しいとき、疲れたとき、よりかかるには、とてもいいものなのです」と語るプーもまた、その本をこよなく愛して翻訳した石井さんや、それを読んだたくさんの子どもや大人たちの周りで、あたたかい体温を放ちながら飛び回っているのでしょう。

 本の登場人物は、私たちの頭や心の中で生きて動くのです。しかも私だけのオリジナルな画像で。
(2013年1月記)

2013年12月8日日曜日

図書館と学習室

 普段はガラガラの図書館でも、試験前になると学生たちでいっぱいになります。いつも図書館に来て、借りた本を静かに読んでいこうとする利用者にとって、この時期は頭痛の種。座れないだけでなく、おしゃべりなどマナーをわきまえない若者たちには腹が立ち…。この状況が続くと、図書館への苦情がどんどん増えます。「学生たちを追い出せ」「勉強していたら爺さんに怒鳴られた」…図書館はどう対応するべきでしょうか。「自習禁止」の張り紙を出す図書館もあるといいます。しかし図書館を利用しているのか、単に勉強部屋代わりに机椅子を利用しているのか、判断は難しところです。

 19世紀イギリスの小説家、ジョージ・ギッシングの『三文文士』や『ヘンリー・ライクロフトの私記』には、売れない文筆家たちが日がな一日図書館で過ごす様子が描かれています。ある人物が、貧乏ゆえに図書館のトイレの洗面台で手も顔も体も洗っていたところ、「手以外は洗わないでください」と張り紙を貼られた、という記述もあります。
 原発事故後、節電のために図書館など公共施設で過ごしましょう、という呼びかけを新潟市も含め各地の自治体が行いました。図書館は涼みに行ったり温まりに行ったりするところともなりました。
 図書館は本を利用する場所である、というのが原則です。本を利用しながら勉強する、本を利用しながらくつろぐ、本を利用しながら時にまどろむ…いろんな利用の仕方があってよいと思います。しかし、単に学生の「勉強部屋代わり」、若者の「居場所代わり」、主婦たちの「茶の間代わり」、ホームレスの「休憩所代わり」…図書館がそうなってしまった日には、図書館を愛する利用者としては「情けない」の一言に尽きます。
 「○○代わり」の図書館は、その図書館や地域自体にそうなった責任もあるのではないでしょうか。本来的な目的で利用する人々がたくさん出入りする図書館であれば、「○○代わり」に使うために来る人はだんだん肩身が狭くなり、来るのをためらうか、あるいは本の利用者になっていくでしょうから。
 図書館が勉強部屋代わりになっているもうひとつの問題は、とりもなおさず学生たちにとって「勉強部屋」がないということです。できれば学校が自習室を放課後や休日・休暇中も開放してくれたらよいと思いますが、それも管理的に難しいのでしょう。であるなら、このニーズに応えるのは自治体の生涯学習課(公民館)などの責務ではないでしょうか。

 開館してから1年を迎えた新潟市立巻図書館は、建設前から図書館の「講座室」と学生用の「学習室」は分けて設置してほしいとの要望が強く出されていました。2階建ての建物の1階部分の使用しか認められなかった図書館には、「講座室」(のちに「学習・講座室」と命名された)1室が設けられ、2階部分の使用については、広く市民からの意見も募ったところ、「学習室」を設けてほしいとの要望が多く出されました。しかし、様々な事情から、今も2階部分の利用方針は定まっておらず、空き部屋の状態のまま放置されています。講座室や閲覧コーナーの席が学生でいっぱいになるたびに苦情が増え、また一方で学生からの開館時間の延長を望む声が出される巻図書館の課題は、早急に解決しなければならないでしょう。
(2012年11月記)
図:『ヘンリー・ライクロフトの私記』The Private Papers of Henry Ryecroft(DODO PRESS)

2013年10月21日月曜日

地域づくりを担う図書館

 2012年10月19日に行われた「新潟県公立図書館協議会委員連絡協議会」に参加しました。都合により遅刻して行ったため、初めの基調講演は途中からしか聞けませんでしたので、そのあとの事例報告についてお伝えします。
 群馬県高崎市立群馬図書館館長の秋山美和子さんが、地域との連携により図書館が様々な事業を展開した事例を報告されました。行政職である秋山さんが館長として着任してからの4年間、「地域づくり」のために行った事業は、実にユニークなものでした。
 まず、子どもたちのための「夏休み宿題相談」を教員の協力を得ながら実施しました。理科自由研究と読書感想文についてのパンフレットを作成。そのパンフレットを活用しながら「わくわく自由研究」「すらすら読書感想文」などの講座を夏休みに行ったというもの。
 次に高崎市制110周年記念事業として「地域のたからもの発見隊」の活動を地域の人たちとともに行いました。これはクイズや、地域のたからものは何かを問うアンケートを実施し、その結果を見て関連講演会などを企画して、パンフレットも作成するという、エネルギッシュな活動でした。
 さらに、地域の昔話や歴史などを公民館と連携して紙芝居にしたり、地元出身の若手作家の講演会の開催など、正規・非常勤合わせわずか11人の職員体制ながら、地域の人々や関連機関と連携しながら多彩な事業を展開しているとのことでした。
 図書館が行う「事業」というと、本に関連するもの─例えば作家の講演会や読み聞かせ講座、あるいは絵本原画展など─というイメージが強かったのですが、秋山さんの事例報告を聞いて驚いたのは「本」の話は前面に出てこないということ。まずは、「地域に聞く」という徹底した姿勢です。図書館が地域に役立つために姿勢を低くして手を差し伸べているという感じを持ちました。
 私たちはつい、「図書館といえば本」という固定観念にとらわれます。図書館は本を貸し出すところですからそれは当たり前ですが、じゃあなぜ私たちは本を読むのか、というところまで考えたことがあっただろうか…と反省させられました。日々、地域の中で生活している私たちが、図書館を利用する目的は何なのか。本に何を求めるのか。本から何を得られるのか。本をよく読み、図書館をたくさん利用する人なら、その答えを知っています。でもまだまだ図書館が自分にとってどう役に立つのか知らない人々が地域の中にはいっぱいいます。その人たちに呼びかけていくためには、図書館は「姿勢を低くして」地域の中に入り込み、地域の声を聴かなければいけないのだ、と思わされました。
 秋山さんは、図書館の通常業務の中でこのような事業を展開していくのは、正直に言って職員にとっては大変負担であるとおっしゃっていました。しかし、図書館の職員だけが頑張るのではなく、利用者、ボランティア、地域の人々、学校・公民館など関連機関等と協力し合うことで、大きなエネルギーになっていくことを示されました。そこで旗を振るのが館長であることは間違いありませんが。
 新潟市の図書館は、先日「事業仕分け」の俎上に上がり、民間活力導入拡大が求められ、ますます「守り」の態勢に入っていくのではないかと心配しています。こういう時であるからこそ、「地域に役立つ図書館」さらには「地域づくりを担う図書館」として積極的に打って出なければいけないと思います。

図書館を拠点に活動するグループによる民話語り(新潟市南区)
 秋山さんは、「セレンディピティ」という言葉を口にされました。これは偶然に起こったことや出会った人を自分の運命の中に引き入れるというような意味の言葉です。「会話の中にヒントがある」「出会いを大切にする」「なんでも挑戦する」ことを大事にされているとのこと。前項の立石さんのお話にも通じますが、偶然の具体的な人との出会いから、人と人とがつながり、社会が大きく動いていく─そのようなこの世の「真実」を経験しながら、図書館が生き生きと華やいでいくことを期待します。
(2012年10月記)

2013年9月20日金曜日

「語り」の全国大会

 私は「月潟おはなしの会」という語りのグループに所属しています。しかし私自身は民話などをひとつも語ることができないので、常に事務係、かばん持ちです。このグループのメンバーと、10月3日から5日まで、「全日本語りの祭り」に参加するために岡山へ行ってきました。
 「祭り」の前日、岡山県新見市大佐小阪部にある「人柱地蔵」を訪ねました。これは、200年以上前に、何度作っても流されてしまう井堰を再建するために人柱となった「友吉」を祭った地蔵ですが、六部(巡礼行者)であったこの友吉という人は、なんと「越後の国月潟」の出身と伝えられています。
 この話を私たちに伝えてくださったのは、岡山の民話や伝説に詳しい岡山民俗学会名誉理事長の立石憲利さんでした。
 倉敷で行われた「語りの祭り」は、この立石さんの基調講演で始まりました。「岡山と桃太郎」と題した講演の中で立石さんは、日本全国に語り継がれているさまざまな形の桃太郎話を紹介され、さらに桃太郎話の源流と言われる岡山県においても、一般型、酒呑童子風、寝太郎風、猿蟹風、金太郎風…といろいろに変化したお話があることを説明されました。
 民話がこのように変化するのは、人から人へと口伝えで伝承されてきたからである、と立石さんはおっしゃいます。民話は、語り手と聞き手の共同作業によって作られてきたもので、人と人とをつなぐ「絆」である、と述べられました。
 まさに小阪部に語り継がれていた「人柱地蔵伝説」は、はるか700キロ以上離れた岡山と新潟の人々をつなぎ、あたたかい交流を紡ぎ続けています。この伝説は、立石さんの著作『おかやま伝説紀行』の中に紹介され、岡山弁で記されていますが、今回これを月潟おはなしの会のメンバーが新潟弁に直して、「語りの祭り」の分科会で披露しました。
 語りは一言一句間違わずに覚えるものと思っている人が多いように思いますが(私たちも始めたころはそうでした)、人から人へと伝えられる中で変化するのは当たり前、という立石さんのお話は説得力のあるものでした。ついつい覚えることばかりに夢中になってしまいますが、大事なのは伝える相手。「自分が語る」という縛りから解放されて、「人に伝える」という意欲と情熱を忘れないようにしたいと思いました。

 ところで、私たちはこの「語りの祭り」を数年後に新潟で開催してほしいという期待をお土産にいただいて帰ってきました。それには図書館にかかわる皆さんのご協力が必要。ぜひよろしくお願いします!
(2012年12月記)

2013年9月6日金曜日

図書館本

 『図書館戦争』(有川浩)のヒットがきっかけでしょうか、このところ図書館を舞台にしたり、司書が登場する小説や漫画が次々と出版されています。

 『話虫干』(小路幸也 筑摩書房 20126月刊)という変わったタイトルの意味するものは、図書館の蔵書が「話虫」によって勝手に書き換えられるのを、図書館員たちが虫干し(曝書?)して退治し、本を元に戻すということ。舞台となる図書館で書き換えられていたのは、夏目漱石の『こころ』。「心底物語を愛してやまない人間の魂」が物語を自分のものにしようと入り込んで、めちゃくちゃにしてしまいます。『こころ』の中に、漱石はもちろん、エリーズ(鴎外の『舞姫』)、ヘルン先生(小泉八雲)、果てはシャーロック・ホームズまで登場します。そこへ現代の図書館員たちが乗り込んでいって、話を修正しようと躍起となって活躍するという、SFというよりゲームのようなお話です。荒唐無稽な話として楽しめますが、「ゲーム」のきまりごとがよくわからず、頭がこんぐらかりました。

 『雨あがりのメデジン』(アルフレッド・ゴメス・セルダ 宇野和美訳 鈴木出版 201112月刊)は児童書です。コロンビアの都市メデジンの町はずれに住む少年カミーロは、酒浸りの父に命じられて酒を買いに、親友のアンドレアスと町へ出かける日々。あるとき二人は町の立派な図書館に入り込みます。カミーロは本を盗んで売り、その金で酒を買うことを覚えます。しかし司書のマールさんは、カミーロの盗みを知っていて本を貸し出していました。3冊目を盗んだとき、マールさんは「それはつまらないわよ」と言って面白い本と取り替えてくれました。カミーロはついにその本を読みます。子どもの可能性を信じて本を手渡し続ける司書の姿勢に、感動を覚えます。


 このあとご紹介する2冊は、漫画です。『図書館の主』(篠原ウミハル 芳文社 20118月~現在3巻まで刊行中)は、私立児童図書館が舞台。子どもだけでなく、いろいろな人生を背負った人たちがふらふらっと入ってきます。無愛想でクールな御子柴は、実は本に対する熱血漢できちんと仕事をする司書。彼が訪れた人(子どもも大人も)に手渡す児童書はハートに届いて彼らの行動や生き方を変えていきます。本をめぐっての名言満載のこの漫画、初出は『週刊漫画TIMES』の連載とはちょっと驚き!

 もうひとつは『夜明けの図書館』(埜納タオ 双葉社 201110月刊)。こちらは地方都市の公共図書館が舞台。主人公は新人司書の葵ひなこ。これがユニークなのは、テーマが「レファレンス」なのです。つまり利用者からの質問や調査依頼に、新人司書が必死に応えていく話が4話綴られています。たとえば、子どものころにその町に住んだことのある老人が、思い出深い郵便局が映っている写真がないかと探しに来ます。経理担当の職員(行政職)に嫌味を言われながらも、葵は結局みんなを巻き込んで、写真の載っている資料を探し当てます。公共図書館の事務室内の様子や諸事情がよくわかるのも、この本の楽しみのひとつ。


 こんなにも図書館や司書を扱った本が増えてくると、図書館は人気スポット、司書はあこがれの職業になるかも。ああ、それなのに、どこもかしこも正規司書の求人はほとんどないというこの日本の現状はどうしたらよいものでしょうか。
(2012年9月記)



2013年8月30日金曜日

事業仕分け

 2012年の9月1日、2日に新潟市の「事業仕分け」が行われました。今回「図書館」も仕分けに取り上げられることになり、その部分を傍聴してきました。会議室の一画に、国の仕分けと同じように四角くテーブルが並べられ、そこに仕分け人と担当部局職員、進行役が座ります。傍聴席はテーブルの一辺のうしろに設けられていて、この図書館の班では十数人が参加していました。まず進行役が、今日の論点として「業務委託の可能性」と「地区図書室の見直し」を挙げ、それについて話し合ってほしいと述べました。なぜこの2点が論じられるべきなのか説明はなく、唐突な感じがしました。
 仕分け人には事前に資料が配られており(傍聴者にも配布)、まず仕分け人から「市内に19の図書館と27の地区図書室があるが、使いにくいという市民の声は上がっているか」との質問が出されました。これだけの数の図書館・室があっても、広い新潟市ゆえ徒歩や自転車で行かれる範囲に図書館がない市民はたくさんいます。図書館側は、不満の声はあるが、その改善策については検討中と答えました。この不公平感を解消する方法の一つとして、オンライン化があげられますが、それについての質問も出ました。蔵書の少ない小さな図書室でも、オンライン化することで市内中の本を取り寄せることができるようになります。しかし利用の少ない図書室は閉じていく方向性が示されました。これらの問題は、経費の問題よりも市民全員に行きわたるサービスの問題として語られるべきことですが、そういう話の煮詰まり方はしなかったように思いました。
 次に、「課題解決型のサービスとは何か」という質問が出ました。これは言いかえると、職員が司書という専門職でなければいけない理由は何か、という問いかけであると思いました。つまり、カウンターでの貸出業務は、今や機械化されてアルバイト職員でもできるようになっていますが、利用者の質問や相談にこたえるレファレンス(調査)業務は専門職でないとはたしてできないものなのか、という問い詰めです。この問題に対して、「サービスの品質を下げずに民間業務委託ができるのではないか」との発言があり、例えばビジネス支援のための相談は「餅屋は餅屋(産業振興財団)に任せればよい」という意見も出たりしました。図書館のレファレンスとビジネス相談との違いについては説明されませんでした。

 全体の印象として、なんだかおかしな雰囲気を感じました。「事業仕分け」は私たちの税金で運営されている市の事業やサービスが正しく市民のために役立っているかという点検であると思っていましたが、これは市の「台所」の切り詰めを市民が手伝ってあげているという感じがします。なぜ市民が行政に加担するのか…? 一方、私たち図書館利用者は、答弁する図書館職員たちの背中に向かって「がんばれ!」と叫んでいました。それもおかしなことだと思いました。私たち利用者も市民として図書館の仕事のありかたを厳しく問わなければいけないのに、ここで「がんばれ!」と言わない限り、図書館予算がどんどん切り詰められて貧弱になっていってしまうという危機感を持たざるを得ませんでした。しかしその声援もむなしく、答弁内容は不十分で迫力なかったし、図書館を利用したことがあるとは思えない仕分け人たちの一方的な思い込みで議論は進み、多数決で「民間活力拡大」の結論となりました。
(2012年9月記)

2013年8月1日木曜日

図書館との共催

 参議院選挙が終わりました。今回の選挙から、ネットを使っての選挙運動が解禁され、「選挙や政治について語ろう」という機運が少し盛り上がったように思います。
 その選挙前に、東京都千代田区立日比谷図書文化館でひとつの「トラブル」が起こりました。7月2日に、同館でドキュメンタリー映画『選挙2』(想田和弘監督)を上映し、監督と映画の主人公である山内和彦さんとのトークイベントが開催されました。当初この催しは、映画の配給会社・東風と図書館の指定管理会社のひとつである図書館流通センター(TRC)の共催の形で実施される予定でした。しかし、開催の直前になってTRCから中止したいと東風に通知されました。理由は、「千代田区から懸念が示され、参院選前にセンシティブな内容の映画を上映することは難しい」(7月2日朝日新聞東京版)というもの。これに対し、想田監督と東風はTRCおよび千代田区に抗議しましたが、結局東風の単独開催という形で催しは実施されました。
 突然の共催中止を申し入れたのは指定管理者であるTRCですが、想田監督はブログの中で「いつでも区との契約を打ち切られかねない弱い立場の存在である」指定管理者の事情を考えると、このような決定を下した主体は千代田区で、「事実上の検閲」であり「表現の自由を脅かす重大な問題である」と厳しく指摘しています。
 この事件から、ふたつのことを考えさせられました。
 ひとつは、図書館の「共催(あるいは主催)事業」はどうあるべきかという問題です。今回の催しについては、時期と内容について懸念が示されました。その懸念は果たして図書館として妥当なものなのでしょうか。図書館は、日本図書館協会が定める「図書館の自由に関する宣言」にあるように、資料収集にあたって「著者の思想的、宗教的、党派的立場にとらわれて、その著作を排除することはしない」など、国民の知る自由を保障するために偏りない資料の提供をすることをうたっています。図書館で行う「事業」についても同様の原則があてはめられるべきでしょう。
 もうひとつは、近年急速に増えている指定管理者による図書館運営における、指定管理業者と、図書館を管理する自治体行政との関係です。図書館が自治体直轄で運営されている場合、図書館職員は公務員であり、多くの場合司書資格を持つ専門職が運営にあたっています。専門職であれば、先に述べた図書館としての「原則」を知っているはずですが、現場を指定管理者に任せている場合は、図書館の管理運営責任は行政の一部門になり、そこに専門職は介在しない可能性は高くなるでしょう。そして想田監督が指摘するように、指定管理業者は自治体から仕事をもらうという弱い立場にあるため、図書館業務に精通するTRCのような業者であっても、独自の自由な判断を貫くことは難しくなるでしょう。

 しかしいずれにしても、選挙や政治について議論し合おうという旗を振っても、特定の思想の支持とみられることを極端に恐れ、常に自己規制しがちな日本の行政の体質が依然として問題であるように思います。
(2013年8月記)

2013年7月15日月曜日

語りは無償の愛

 68日に「第7回新潟県民話語り」が長岡で開かれ、所属する「月潟おはなしの会」の一員として参加しました。県内の「語り」の活動をしているグループ10団体と一般参加者が、会場のアオーレ長岡・市民交流ホールに溢れんばかりに集まり、県内各地の語りの披露を楽しみました。
 新潟は全国有数の「民話の宝庫」と言われ、たくさんの語り継がれた民話が伝承されていますが、それを語り伝えようという活動も活発で、語り手の技量の水準もとても高いと思いました。「あったてんがのう」と語り始めると、会場からも「そういんだー」「さーんすけ」と合いの手が入り、まるで囲炉裏端でお年寄りを囲んで話を聞いているような、なんともあたたかい空気に包まれました。
 基調講演は、民話研究家の野村敬子さんによる「今・語ること」と題したお話でした。野村さんは夫の民俗学者・野村純一さん(故人)と共に、民話の採集のために全国各地を歩いてこられました。大震災の被災地である東北地方は、ご自身の出身の地でもあり、また何度も足を運んでたくさんの人々から話を聞いた地でもありました。
 「語り」とは「命に向かっての言語活動」であると野村さんは話されました。自らの楽しみとして、民話を語ったり聞いたりしている私たちには、それはずいぶんと大仰な表現に聞こえましたが、産屋の語り、病室の語り、お通夜の語り…など、これまで日本で行われてきた民俗は、「生命の危機」に直面した場面で、人々が寄り添い、魔物を追い払うために生まれてきたものであることを知らされました。
 震災後に野村さんは被災地を訪れ、かつて民話を語ってくれた人々を訪ねたり、被災した人々に話を聞かれたりしたそうです。野村さんは、「人間がすべての物品を失ってしまったとしても、昔話は言葉で自分を検証し、その命に向けた感動の法則性を探して生き続けていくこともできる」ということをいつも言ってきたのだが、それが現実となってしまった、と『震災と語り』(石井正巳編 三弥井書店 2012)の中で語っておられます。苦難と悲しみの中に今もある人々にとって、本当に必要なのは、語り合い、聞き合う人間の「関係性」なのだということが納得させられる野村さんのお話でした。
 そのことから、私たちは「語り」とは本来どういうものなのかという本質性を学ぶことができたように思いました。ただ上手い語り、下手な語りがあるのではなく、「語り」になっている語りと、そうでない語りがあるということを。語りには必ず聞き手がいて、その両者の間には、響き合う心、結び合う魂の動きが生じるということです。「語り手は、自分をそぎ落とさなければならない。なぜなら語りは無償の愛だから」と野村さんは言います。
 「私は50年間、東北の採訪で語り手から何を聴いてきたかといえば、命に障るような大変なときには、『人はね、1人ではだめだから、必ず声を掛けてやるんだ』という精神でした。宮澤賢治の『雨ニモマケズ』の詩の、「東ニ病気ノコドモアレバ/行ッテ看病シテヤリ』『南ニ死ニソウナ人アレバ/行ッテコワガラナクテモイイトイイ』の精神です。」(『震災と語り』より)
  「語り」の力を信じて、語り合い、聞き合い続けたいと思います。
(2013年6月記)

2013年6月30日日曜日

学校司書の孤独

 新潟市には170校の市立小中学校がありますが、そのすべてに「学校司書」がいます。学校司書は、養護教諭や事務職員のように「必ず置かなければならない」と学校教育法に定められている職種ではないので、新潟市の学校司書は、新潟市が独自に雇用しているということです。
 新潟市の学校司書の歴史は長く、50年以上前からPTAによる雇用が始まり、その後公費による雇用が拡大していって1998年には全校配置が実現しました。2005年の大合併時に学校数が倍増した際に、当初市長は、「新市域の学校は図書館ボランティアを置くことで対処する」と言っていたのを、市民や学校現場からの強い要望により、新市域の学校にも学校司書が置かれました。しかし、新しく置かれた司書は、すべて臨時職の司書でした。
 今年5月に、新潟市内の中学校司書が約3000冊の蔵書を転売して売ったお金を着服していたことが明らかになり、大きなニュースとなりました。この司書は臨時職でした。私はこの司書と同じく、臨時司書として新潟市の小中学校に57か月勤務した経験があり、今も仲間たちと学校図書館の勉強会を続けていますので、私たちの仲間であるこの司書の起こした事件に大変ショックを受け、事実を重く受け止めています。
 この事件からはさまざまな問題が見えてきました。この司書の行為は許されないことですが、この事件の背後には生活困窮(ワーキングプア)の問題がありました。時給制、学期雇用という不安定な条件の「臨時司書」を長年雇用し続け、待遇改善をほとんど行ってこなかった市の責任も問われると思います。さらに、合併以降、正規職の司書を公共図書館へ異動させ、公共も学校も司書の新たな採用は非常勤と臨時のみとなっているため、司書職を希望する人たちは非正規労働を余儀なくされている新潟市の状況というものがあります。
 もうひとつの問題は、3000冊もの新しく購入された本がなくなっていたのを学校現場が気付かなかったことは、何を意味するのかということです。それほどに、学校教育の中で図書館や司書が活用されていなかったということでしょう。もっと穿った見方をするなら、司書が来てくれたので、図書館のことはすべて司書に丸投げをして、校長はじめ教員たちは図書館に関心を示さなくなったという現象がおきたのかもしれません。この学校は新市域の学校でしたが、もしそうであるなら、「子どもたちの教育のために学校に司書を」という市民の熱い要望は、役に立つどころかあだになってしまったとさえ言うことができるでしょう。いずれにしても、司書は学校の中で孤立していたのです。
 しかし、このような学校ばかりでなく、司書が置かれるようになってから、子どもたちがたくさん本を読むようになり、教員も司書と協働しながら授業や様々な活動で図書館を活用し、より豊かな教育が実現しているという学校も少なくありません。

 今、国会では全国の学校に司書が配置されるように、学校図書館法を改正しようという動きがあると聞きます。「教育機会の公平性」の観点から、一刻も早く全国の小中学校に学校司書が置かれるようになることを望みますが、ただ置いただけでは税金の無駄遣いどころか、このようなみじめな事件も起こりかねません。学校図書館や学校司書の問題については、「学校教育の在り方」という大きな論議の中で、教員はもちろん、行政、市民も一体となって話し合っていってほしいと思います。
(2013年6月記)

2013年6月20日木曜日

カウンターは相談所

 図書館には必ず「カウンター」と呼ばれる場所があって、そこに職員がいます。ここは本を借りたり返したりする場所。スーパーのレジみたいなところ。借りたい本と貸し出しカードを出すと、バーコードをピッとやって貸し出してくれます。それだけの仕事なら、高校生のアルバイトでもできますが、図書館の職員の多くは「司書」という専門職の資格を持っています。文字通り、本を司る仕事ですから、本についてのさまざまな知識・情報をもっているのです。
 だったら、本について知りたいことを聞かない手はありません。司書の人も「ピッ」だけやっててはつまらないんですよ、実は。だれかが質問や相談に来るのを手をこまねいて待っているんです。だってそれこそが司書の本領を発揮するチャンスなんですから。
 デジタル派の私は、自分のパソコンでなんでも検索して探してしまいますが、アナログ派の人は司書をパソコン代わりにしてください。「村上春樹の書いた本で、題名にビートルズの歌のタイトルが使われてる本ってなんでしたっけ?」と聞いたら、「『ノルウェイの森』ですね。単行本と文庫版がありますが、どちらにしますか」とか答えてくれるはず。「遺産相続について知りたいんですが…」と聞けば、「法律の棚、324のあたりを見てください」と教えてくれるでしょう。
 このように図書館で質問することを、図書館界では「レファレンス」と呼んでいます。デジタル派の私でもこのレファレンスは時々利用しています。
 たとえば、星新一のショートショート(1000篇以上あります)の「おーい、でてこーい」を読みたくなりました。でも、これがどの出版社から出てるシリーズのどの巻に入っているかがわかりません。そういうとき、カウンターに行って「それが入ってる本、探してください」と頼みます。そんなのお茶の子さいさいとばかり、すぐに連絡が来ます。(この時に、分冊の文庫版を出してくるか、どでかい一巻物の全集を出してくるかで、司書の力量がわかったりもしますが。)
 またあるとき、桃太郎が腰に付けている「きびだんご」がいったいどんなものなのかが知りたくなりました。まずは図書館に、「ありったけの『桃太郎』を」とお願いしました。すると、市内中からありとあらゆる『桃太郎』の絵本や昔話集を取り揃えてくれました。いやはや、いろんな桃太郎があるもんだ…きびだんごはお菓子のようなものかと思っていたら、「弁当を作ってくれ」と桃太郎がおばあさんに頼む話もあって…。
ではそもそも「きび」とはどういうものなのか? 今度は「きびについて調べたいんですが」とお願いしました。しばらくすると「ご用意できたので来てください」と連絡があり、図書館に行くと大テーブルの一隅に本が山と積まれてありました。百科事典あり、何やら難しそうな専門書あり…でもそのひとつひとつに付箋が貼ってあり、「きび」が出ているところがすぐわかるようになっていたばかりでなく、一部の資料については司書の人が目を通して「これにはこのようなことが書いてある」というメモまでつけてありました。桃太郎についての一大論文が書けそうでした。

人生相談以外は何でも相談してよいのが図書館なのだそうです。いや、恋愛相談を受けたある司書は、その利用者にそっと一冊の詩集をお勧めしたのだそうな。図書館のカウンターを「スーパーのレジ」にしておくのはもったいない! 大いに質問したり相談したりしながら、図書館に埋もれている宝の山を手にしようではありませんか。
(2012年8月記)

2013年6月4日火曜日

本を予約する

 図書館利用者は、タイプとしてアナログ派とデジタル派に分かれるようです。図書館に行って、書架に並んでいる本をぶらぶらと見ながら読みたい本を探すのがアナログ派。新聞書評や広告を見て、「この本を借りよう」と思ってピンポイントで本を借りるのがデジタル派。アナログ派が図書館に行って真っ先に向かうのは、展示棚や新刊書コーナーであるのに対し、図書館に入ってきたデジタル派が脇目も振らず突進するのは、蔵書検索機。あるいは、自宅でパソコンから検索したデジタル派は、予約した本をカウンターに取りに行くだけで、図書館内をぶらぶらはしません。
 私はデジタル派です。「おっ、この本ちょっと読みたい」と思ったら、即パソコンを開けて「新潟市の図書館」の「資料の検索」から検索をかけ、本があってもなくても「予約」をします。(新潟市の図書館にない場合は、市外の図書館から相互貸借をしてくれたり、ものによっては購入してくれたりします。)
 市内図書館に本がある場合は、あっという間にメールで「ご用意できました」の連絡が来るので、あとは最寄りの西川図書館のカウンターに取りに行くだけ。新潟市の図書館ではこの数年、オンライン化が進み、市内19館の図書館といくつかの地区図書室がネットワークにつながり、それらの館のすべての本をどの図書館でも借りられる(&返せる)ようになっています。ほんとうに便利になり、市内全図書館が「我が家の本棚」化して、読みたい本は即座に借りられるようになりました。
 しかし一方でこのオンライン化は、予約が入れば、利用の少なかった小さな図書館からでも本が持ち出されてしまうため、人気の高い新刊書などは書架に留まることがなくなりました。これはアナログ派の人にとっては痛手です。書架の間を歩いても、新しい本、話題の本が見つかることが少なくなったかもしれません。
 でもどうかそこであきらめず、カウンターへ行って聞いてください。「最近出たあの本はないのか?」と。そのときなくても予約をすれば、借りることができます。人気本はちょっと待たされますが。(でも新潟市には19館[+地区図書室]もの図書館があるので、人気のある新刊本は20冊以上所蔵されており、たとえ予約100人待ちでも1冊につき5番目ぐらいに順番が回ってきます。)
 図書館にもひとつお願い。本が書架になければ「ない」と思ってしまわないような対策を。図書館だよりや展示コーナーで本の紹介をたくさんしてほしいと思います。白根図書館では、新聞書評を切り取って展示しているコーナーがあり、素晴らしいと思います。(注・最近なくなってしまいました。残念!)中央図書館の児童コーナーでは、児童書の紹介文に本の表紙写真が添付されていて、本がなくなってもどんな本かがわかるようになっています。
インターネットの普及により、今後アナログ派利用者は「情報弱者」になっていくことが懸念されます。アナログ派への細やかな配慮と対応、アイデアを駆使してのさまざまな工夫を図書館にお願いしたいと思います。まずなによりも、「予約」ができることを、掲示物などでもっと知らせていってください。それにより、貸出冊数も増加すること間違いなしです。
(2012年8月記)

2013年5月29日水曜日

本の借り方

 ある人に、「○○という本、面白いから図書館で借りてみて」と言ったら、「今1冊借りていて読み終わらないから、返してから借りるわね」と答えました。私が「何冊借りてるの?」ともう一度聞くと、その人は「1冊よ。長くて読み終わらないのよ」と。「それ、面白いの?」と私。「つまらないから読み進まないんだわね」と彼女。
 私が数年前に、それまで司書のいなかった小学校に司書として初めて着任した時、真っ先に子どもたちに指導したことは、「本は面白そうだと思ったものはどんどん借りましょう。読んでつまらない本だったらすぐに返して、次の本を借りましょう」ということでした。このことは子どもよりも先生たちをびっくりさせました。「最後まで読みましょうと指導していた」と先生たち。先に登場した知人は、そういう指導を受けた人の一人だったのかも。
 つまらない本を読み続けるほど苦痛はことはないし、時間が無駄になります。一生のうちに何冊の本が読めるのか計算してみると(したことないですが)、どうせ読むなら面白い本を読みたいと思うはず。必要に迫られて読む資料や学術書は別として。
 つまらなかったら返していいと言われた子どもたちは、結局借りては返し…の繰り返しになって読む力がつかないのではないか、という大人の心配をよそに、自分自身で図書館中の棚から自分の好きな本を探すことに情熱を傾け、興味のある本を自律的に読むようになりました。(これをやるには、借りた本の冊数を競わないという条件が必要ではありますが。)
 公共図書館でも、「借りたら必ず読まなくてはいけない」などと律儀に思い込まず、どんどん借りて片っ端から返してもいいのです。新潟市の図書館は1回に10冊まで、期間は2週間まで借りられます。私はたいがい10冊の枠が常に満杯状態。なんとなくそれが習慣になってしまっていて、借りてる本が少ないと落ち着かなかったりして。
 広告や新聞書評で見て気になった本、友人たちにすすめられた本、ネットなどで自分で探した本などは、すぐさま「新潟市の図書館」のホームページから資料検索し、近所の西川図書館に置いてあるものなら借りに行き、ほかの図書館にしかなければ予約します。予約も1回に10冊までで、これも満杯になることしばしば。
 借りた本のうち、小説やエッセイなどはわりと最後まで読むことが多いですが、資料として使いたいと思った本は、必要なところだけコピーしたり書き写したりして、ご用済みになったらすぐ返却。背表紙とまえがき、あとがきだけ読んでお返しする本も。逆に本が素晴らしすぎて、これはぜひ自分の手元に置きたいと思ったらアマゾンに注文して、借りた本はすぐ返します。
 こういうユーザーは、図書館にとって迷惑でしょうか…とんでもない、図書館の評価は一にも二にも「貸し出し冊数」にかかっています。背表紙だけ読んで返しても、1冊は1冊。読書は読書。どんどん借りてくれるユーザーこそ、図書館の強力な支え手であるはずです。
(2012年7月記)

2013年5月27日月曜日

読書会

新潟市立月潟図書館 館内
 「読書は1人でするもの」とずっと確信していた私は、「読書会」などというものは胡散臭い集まりだと思っていました。ところが、10年以上前に当時住んでいた西内野地区で「子どもが幼稚園児だったときの保護者仲間」で始めたという読書会に誘われ、以来月1回楽しみに参加しています。現在メンバーは6名。平均年齢は60ウン歳? つまり、もう30年以上も続いているのです。
 もともと子どもの本の勉強会のような形で、1冊の本、あるいはひとりの作家をテーマに決めて、全員が同じものを読んできて話し合ってきましたが、最近では「エネルギー不足」の理由から、自分が読んだ本について自由に語り合う会になっています。この会の魅力は、筋金入りの本好き人間が紹介してくれる多彩な本を味わうとともに、持ち寄られる山ほどのお菓子を味わえること。心身共にエネルギー補給のできるひとときです。
 2年前からは、新潟市立西川図書館で「ブッククラブ」という名称で月1回の読書会が始まり、参加しています。2009年に同図書館で行われた講座「名探偵ホームズの謎」の終了後、受講生から「引き続きホームズをみんなで読み続けたい」という希望が出て、シャーロック・ホームズシリーズ(全60篇あります)を1篇ずつ読み合う読書会を始めたのがきっかけです。その後、ホームズだけでなくどんな本でもよしとするスタイルに変わり、現在に至っています。
 西川図書館は新潟市の西南端に位置する西蒲区の基幹図書館ですが、このブッククラブには、西蒲区内でも巻など西川地区以外の地域、また隣接する西区、さらに中央区、東区、南区、秋葉区、加茂市…と遠方からの参加者が集まります。国道116号線沿いにあり、駐車スペースもたっぷり、JR越後曽根駅からも徒歩で来られるという立地条件も幸いしているのでしょう。
 30年続いている会、遠くからでも参加する会…その魅力は、やはり人と本を読み合う楽しさなのだと思います。たくさんの本を知ることができるという利点、自分が読んで面白かった本について人に伝えられるという満足感、そしてなによりも「本」を肴にあれこれと話が盛り上がる面白さ!
 さらに私は、大震災以降ふと気づいたことがありました。地震・原発事故後、出されるべき情報が遅れ、あるいは様々な情報が錯綜して、何が真実かがわかりませんでした。そのようなときに、読書会に参加している人たちがとっていた行動は、情報を自ら積極的に集めていたということでした。「政府の発表だけでは原発事故の正しい情報はわからない」と言い、本や雑誌、インターネットなど、あらゆるものを読みまくり、そして集めた情報の中から自分なりの判断をくだす─そういう態度の人たちが「本読み人」の中には多いと実感しました。

 私は昨年まで学校司書として、子どもたちにとって読書とは何なのかをずっと考え続けてきましたが、この大人たちの読書態度を見て、「読書の先にあるもの」が見えた気がしました。大ピンチの日本ですが、まだまだ捨てたもんじゃありません。

2013年5月23日木曜日

複製絵画貸し出し

Ariel & Taeping 

 新潟市立西川図書館は「複製絵画」の貸し出しを行っている珍しい図書館です。ときどきホールや館内に展示されているのを見ながら、「借りてみようかなあ…」と思いながらも、なんとなく面倒な気がしてこれまで臆していたのですが、先日カウンターの司書の方に勧められて、初めて1枚の絵を借りて帰りました。
カタログを見せていただいて、真っ先に目についたのが帆船の絵でした。私は無類の帆船好きなのです。ひところ「帆船小説」を片っ端から読んでいました。
「お待ちください」と言って司書の方が奥から出してくださったものを見てビックリ仰天。カタログには絵の大きさもちゃんと書いてあったのに、よりによって一番大きな絵を選んでしまったのでした。ふうふう言いながら司書の方が運んできてくださったのを今さら取り替えてとも言えず、畳半畳ほどもある絵をかついで帰ってきました。
玄関に年がら年中掛かっている春の角田山を描いた小さな水彩画をはずして、この立派な絵─モンタギュー・ドーソンの「エリエル号とタッピング号」をドーンと靴箱の上に立てかけました。(荷重が心配でフックには掛けられず。)波しぶきを上げて走る帆船の絵が、金の装飾の施された額縁に収まっています。すごい迫力です。
毎日玄関を出入りするたびに、この絵をニンマリ眺めていたのですが、この競い合うように走る2隻のクリッパー帆船を見ているうち、以前読んだ小説を思い出しました。ジョン・メイスフィールドの『ニワトリ号一番乗り』(福音館書店)は、茶貿易が盛んだった19世紀、イギリスの帆船が中国から新茶を積んでロンドンに真っ先に届けるために競争をする物語です。この物語はフィクションですが、もしかするとこの絵に描かれている帆船は実在したのではないか…とふと思い、調べてみました。
やはり、Ariel Taeping という2隻のクリッパー帆船は実在し、1866年に茶貿易競争(Tea Race)で接戦の大レースを繰り広げ、タッピング号がエリエル号よりわずか20分早くロンドンに到着したという逸話が語り継がれているようです。改めて絵を見ると、並走する2隻が死闘を繰り広げているかのような迫力があります。
なんで図書館で絵なんか貸し出すんだろなあ…と実は怪訝に思ってもいました。しかし1枚の絵もまた「本」につながっていくものなのですね。実は「エリエル号」と聞いて真っ先に思い出していたのは、リチャード・ケネディの『ふしぎをのせたアリエル号』(徳間書店)という児童書です。この本は子ども向けにしては4,5センチも厚さのある大冊なのですが、ぐいぐい読ませるハラハラドキドキの冒険物語で、かつて私が勤めていた小学校では3年生以上の子どもたちに大人気でした。この船の名前も、もしかすると、わずかの差で敗れたことでかえって勇名をはせたAriel からとったのかも知れないなあ…などという想像もしながら、1枚の絵をたっぷりと楽しみました。
(2012年6月記)

2013年5月22日水曜日

配架ボランティア





 今年の5月から、私は西川図書館の「配架ボランティア」に参加しています。図書館はいつも利用するばかり、せいぜいお手伝いといっても「口先だけ」だったので、なにか「体を張った」お手伝いがしたいと思っていました。「植栽ボランティア」はどうも危ない。切ってはいけない枝を切りまくりそう。かつて学校図書館の仕事をしていた私がお役に立てそうなのは、利用者から返された本をもとの棚に戻すという「配架ボランティア」だろう。そう簡単に考えていましたが、朝9時から10時までの1時間、広い西川図書館のあっちこっちの棚に重量のある本を持って歩き回ると、汗びっしょりの重労働です。司書の方たちは毎日これをやってるんですね。大変なことです。
 そうか、これは運動なんだと思い直し、そうであるならパンプスをやめてスニーカーに履き替え、車をやめて徒歩で通うことにしました。歩いてみればわが家からわずか10分強の距離です。私にとって、これまで本を読みだすと椅子から動かなくなるので、「本」=「不健康」のイメージを自分で植えつけていたのですが、「本」が運動になったという経験は初めてでした。まずこれがボランティアを始めたメリット・その1。
 メリットその2は、なんといっても本を戻しながら図書館中の本を目にすることができるということです。白状しますが、私の仕事ぶりは遅くてどうにもなりません。目に留まった本を無視することができないのです。ひどい時には読んでます。すみません。この誘惑に打ち克つにはもう少し修行が必要です。
 ボランティアが終わった後、「目に留まった本」は早速借りて帰ります。私はインターネット愛用者なので、この本が読みたいと思ったら図書館のHPからすぐに予約を入れるという借り方が多く、図書館によく来るわりにはカウンターで受け取ってすぐ帰るような利用をしていました。スーパーで買い物する時も、メモを持って行って必要なものだけ買って帰るような気短かでせわしない人間です。でも、書架を眺めながら「へぇー、こんな本があったんだ!」という感動を、ボランティアを始めてから味わえるようになりました。
 もうひとつのメリットは、ほかの利用者の方々が読まれた本を戻すので、どんな本が読まれているかがなんとなくわかるということです。私は本屋でもないので、これを知ったからといって利点というほどのものではないのですが、図書館をより多くの市民に利用してもらいたいという思いで図書館に関わる活動を続けてきたので、「ああ、こんな本が利用されているのか」というのを知ることは、今後の図書館の在り方を考える上で貴重な材料になっていくようにも思います。
 今のところ、週に1、2回しか通えていませんが、行くと必ず数名のボランティアの方々が来られています。それでも開館までの1時間でワゴンに積まれた本を全部戻し終えることができるのは、たまにしかありません。メリットいっぱいの「配架ボランティア」に、ぜひたくさんの方々が参加してくださることを願います。
(2012年6月記)